欧州が鳴らす「著作権×生成AI」への警鐘
2025年7月、欧州議会調査局は生成AIが既存のEU著作権体系に与える影響を総括した200ページ超の報告書を公表しました。
このタイミングはAI法(AI Act)の発効から1年、全面適用を2026年に控えた節目です。
報告書は、テキスト・データマイニング(TDM)例外と権利者オプトアウト、さらに生成物の権利帰属という3つの論点を軸に、法改正の必要性を提言しています。
「AI開発の勢いを削がず、文化産業も守る」——EUの二律背反への向き合い方は、日本企業にとっても示唆に富みます。
調査報告書の注目ポイント
報告書は約30のヒアリングと1,200件以上の学術資料をもとに構成され、以下の論点が特に注目されています。
- 学習フェーズの適法性:TDM指令(2019/790)の解釈と限界
- 生成物の法的地位:著作物性を欠く場合の保護手段
- 透明性義務:AI Act第53条と重層する開示要件
- 国際調和:米国のフェアユース、日本の著作権法第30条の4との相違
欧州議会の公式リリース(欧州議会)でも、生成AIに特化したルールの不足が明言されています。
テキスト・データマイニング例外の限界
EUのTDM例外は「公共目的」版(第3条)と「包括」版(第4条)に分かれ、後者は権利者の明示的リザーブで排除可能です。
報告書では、大規模モデルの商用学習データの約90%が第4条に依拠すると推計。
しかし出版社・音楽レーベルが相次ぎオプトアウトを宣言し、実務上は「網羅的許諾取得」が再び必要になりつつあります。
こうした動きは、2024年に発足したEU TDM Registryの登録数急増からも裏付けられます。
生成物の著作権帰属はどうなる?
報告書は「機械生成物は原則として著作権保護を受けない」というEU司法裁判所(CJEU)の既判例に触れつつ、著作権以外の保護手段を提起しました。
提案されたのはデータベース権・電子署名付きタイムスタンプ・不正競争防止法の活用です。
特にEUデジタル単一市場(DSM)指令第15条の「報道コンテンツ隣接権」を拡張し、AI生成ニュースに適用する案が議論を呼んでいます。
透明性義務と開示ルールのゆくえ
AI Act第53条は、基盤モデル提供者に学習資料の「十分に詳細な要約」を公開するよう義務付けます。
ただし「十分」の解釈は不明確で、開示フォーマットも未定です。
報告書はISO/IEC 42001(AIマネジメントシステム)に準拠したメタデータ・スキーマの採用を提案。
これは米国のNIST AI RMFや日本のAIガバナンスガイドラインとの相互運用を前提にしています。
欧州委員会は2025年末までに実装規則(Implementing Act)を公布予定で、今後12か月で産業界のロビー活動が活発化する見込みです。
日本企業が今取るべきアクション
EU域外企業でも、EUユーザー向けにモデルを提供すればAI Actの対象です。
違反制裁金は最大で世界売上高の7%または3,500万ユーロ。
日本企業が今すぐ着手すべきは以下の3点です。
- 学習データの由来を証明できるデータライフサイクル台帳の整備
- 生成物ごとに「AI生成」マークを自動付与する透かし技術の導入
- 欧州拠点の法務・ローカライズチームによるオプトアウト権利者リストの継続モニタリング
特にSaaS型サービスは、2025年末までに利用規約をEU向けに分離する動きが加速すると予想されます。
今後のロードマップとEUの狙い
報告書は法改正案を2026年Q2までに提出するよう勧告し、以下のマイルストーンを示しています。
- 2025年10月:透明性ガイドラインのドラフト公表
- 2026年06月:TDM指令の改正案を欧州委員会が提出
- 2027年01月:生成物の隣接権創設に関する議会審議開始
背景には「EUがデジタル規制のルールメイカーとして主導権を握る」地政学的狙いがあります。
DSAやDMAに続く“ブリュッセル効果”を再現し、他地域にも規範を波及させる戦略です。
まとめ — 「ルールメイカー」に学ぶ備え
EUは生成AIの恩恵を享受しつつ、文化的多様性とクリエイターの収益基盤を守ろうとしています。
そのために著作権例外の再設計と透明性義務の強化を並行して推進。
日本企業は、ガバナンスとイノベーションを両立させるEUのアプローチから多くを学べます。
法改正の行方をフォローしつつ、データ管理・権利処理・説明責任の基盤を早期に整えれば、2026年以降の市場競争で優位に立てるはずです。
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