“忘れないAI”への一歩
会話が途切れるたびにリセットされるAI体験を、そろそろ終わらせたい。EverMindが公開したオープンソースのEverMemOSは、LLMやエージェントに長期記憶を与えることを狙う「メモリOS」。
対話の継続性をつくり、行動の一貫性を支えるための専用レイヤーだ。
RAGやスレッド履歴だけでは足りない。何をいつ保存し、どう検索・更新し、どれを忘れるのかという記憶設計そのものをプロダクトに落とし込む動きが本格化している。
EverMemOSは、その設計思想を標準化し、現場で回る実装パターンへと翻訳する。
EverMemOSの正体:会話を構造化し、“思い出せる”記憶へ
公式リポジトリはEverMemOSを「エンタープライズ級のインテリジェント・メモリ・システム」と位置づける。
会話から重要情報を抽出・構造化し、再利用可能な記憶として蓄えることで、エージェントが過去の文脈に基づいて判断できるようにする。
“EverMemOS is an open-source, enterprise-grade intelligent memory system. Our mission is to build AI memory that never forgets, making every conversation built on previous understanding.”
単なる「ログの振り返り」ではなく、意味を理解して現在の行動に反映するところに重心がある。
嗜好や履歴、習慣といった個人プロファイルを漸進的に積み上げ、次の会話で自然に活かす──その振る舞いが、実用エージェントの体験差を作る。
設計思想:覚えるだけでなく、戦略的に“忘れる”
EverMindは評価公開で、質の高いメモリに必要なのは精密な想起と精密な忘却だと強調する。
長期記憶を注意のフィルタとして働かせ、モデルの認知負荷を減らすアプローチだ。
“EverMemOS embodies a paradigm shift: high-quality memory requires not only precise remembering but also precise forgetting. By acting as an intelligent attention filter, the system reduces cognitive load…”
重要なのはどの断片を残し、どれを可逆的に圧縮・捨てるかの戦略。
“全部覚える”は現実的でも最適でもない。記憶を管理するOSという発想は、モデルの長文文脈依存を減らし、トークン効率と応答の一貫性を同時に押し上げる。
アーキテクチャの素描:抽出・構造化・検索・更新のループ
記憶のライフサイクル
- 抽出:会話から出来事・事実・嗜好・約束などを要約し、ノイズを除去して要点化する。
- 構造化:エピソード記憶、意味記憶、ユーザープロファイルなどのスキーマで保存する。タグや時系列、信頼度メタデータを付与する。
- 検索:埋め込み検索やルールで候補を引き出し、関連度・新規性・多様性で再ランキングしてプロンプトに編入する。
- 更新/忘却:重複のマージ、要約圧縮、期限切れの削除、支離滅裂な断片の抑制などの衛生管理を回す。
このループを会話ごとに自動運転できるのがOSたる所以。
RAGの手前に置く“パーソナル記憶層”としても、RAGの後段で“対話の整合層”としても機能する。
はじめての導入ガイド:現場で回る使い方
最小構成の思考法
- 目的を一つに絞る:まずは「ユーザー嗜好の持続」か「タスク履歴の参照」のどちらかに限定する。
- スキーマを決める:fact、preference、task、identityなど3〜4型に整理。必須メタデータは日時・出典・信頼度。
- 抽出規約:保存閾値(新規性/有用性/安定性)を明文化し、過剰保存を避ける。
- 検索規約:プロンプトに編入するメモは5〜10件に限定し、要約テンプレートで情報圧縮する。
- 忘却規約:期限・上書き・頻度ベースでのクリーニングを週次で自動実行。
運用のコツ
- データ境界:個人データとドメインナレッジを分離。PIIは暗号化、アクセス制御は役割ベースで。
- 失敗時のフォールバック:記憶がノイズになるときは“記憶なし回答”に切替える安全弁を設ける。
- 計測:回収率(Recall@k)、応答一貫性、人手評価と工数削減のKPIを週次でトラッキング。
コードはプロジェクト要件で変わるが、設計規約を先に固めるほど安定する。
保存しない勇気が、最終的な品質を底上げする。
評価とベンチマーク:何をもって「良い記憶」とするか
EverMindは統一プロトコルのオープン評価でLoCoMoやLongMemEvalにおける好成績を公表している。
数字は環境依存だが、評価軸の整理は実装者にも役立つ。
“…delivered best-in-class outcomes across the LoCoMo and LongMemEval benchmarks…”
- 想起の質:関連性(Precision)、回収率(Recall)、冗長性の低さ。
- 行動の一貫性:嗜好反映率、方針逸脱率、対話の再現性。
- 資源効率:トークン削減率、レイテンシ、ストレージ増分。
- 安全性:誤記憶伝播の抑制、プライバシー・ガバナンス遵守。
定量だけでなく、人手による体験評価を必ず併走させたい。
“覚えている”こと自体より、覚えていることがユーザー価値にどう結び付くかが重要だ。
関連技術との位置づけ:フレームワークとOSの差
長期記憶は群雄割拠だ。LangMemはLangGraphのストア機能と連携し、SDKとして記憶更新を組み込む路線。
Mem0はローカルファーストやMCP連携を掲げ、エージェント間の相互運用に強みを持つ。
一方でEverMemOSは“OS”として記憶を横断管理する思想が中心。
RAGやツール実行の前後を貫く注意フィルタ層を提供し、システム全体の一貫性を底上げする。
研究サイドでも中国発のMemOSが「仮想メモリ」になぞらえた階層管理を提案しており、技術動向としても“メモリOS”は確かな潮流になりつつある。
実務ユースケースと落とし穴:どこで効くか、どこで詰まるか
- カスタマーサクセス:担当・環境・過去の障害対応を覚え、次回以降の一次解決率とCSATを押し上げる。
- 営業アシスタント:意思決定者の関心やNGポイントを継続記憶し、提案の一貫性を確保。
- リサーチ補助:過去の調査・仮説・反証を連結し、重複検討を削減。議論の再現性が増す。
- 落とし穴:記憶の過学習化(逸話の一般化)、陳腐化(古い嗜好の残留)、誤記憶の雪だるま化。いずれも忘却規約と出典メタデータで抑制できる。
- コンプライアンス:PIIの扱い、削除権利、リテンションポリシー。監査ログとデータ境界の明確化は必須。
“覚える勇気”と同じくらい、“忘れる仕組み”がプロダクトの寿命を左右する。
運用の第一原則は、記憶に政治を持ち込まないこと。規約で統治し、例外を特例化しない。
参考リンク:実装と文脈をつなぐ
長期記憶は単体のライブラリで完結しない。OS的なレイヤーと、SDK的な実装、評価ベンチマークが噛み合って初めて価値が出る。
以下は設計や評価、比較検討に役立つ一次情報だ。
- GitHub – EverMind-AI/EverMemOS(公式)
- PR Newswire: EverMemOS open evaluation
- LangMemの長期記憶の概要と使い方
- Mem0徹底解説(OpenMemory/MCP)
- TechnoEdge: メモリOS動向まとめ
締めくくり:エージェント時代の“基盤”として
EverMemOSは、LLMの短期的なコンテキスト限界を設計面から超えるための挑戦だ。
覚える/思い出す/忘れるをOS的に制御し、会話や行動の一貫性を担保する。
RAG、ツール実行、ワークフローの外側に記憶の規律を置くことで、エージェントは“人らしい”ふるまいに近づく。
次の実装で試すべきは、高機能化ではなくルールの明確化。それが“忘れないAI”を、現実の価値へとつなぐ最短ルートだ。

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